祇園「鷹山復興事業」

ご支援のお願い

祇園祭の最後の曳山

鷹山の復興にご協力ください

祇園祭では33 基の山鉾が巡行していますが、

それ以外に「休み山」といって巡行に参加していない山があります。

大船鉾も休み山でしたが2014 年に復興しました。

私たちの鷹山も休み山からの復興を目指しております。

鷹山の復興に是非とも皆様の力をお貸しください。

【鷹山について】

鷹山は応仁の乱以前から巡行していた由緒のある山鉾で、「くじとらず」の大きな曳山でした。御神体は鷹匠、犬飼、樽負の御三方で、中納言在原行平様が光孝天皇の御幸で鷹狩りをする場面です。鷹山も他の山鉾と同じく幾多の災害にあいながらも七転び八起きで立ち上がってきました。そして鷹山は他と競いあうようにして豪華になり、江戸時代後期には黒漆塗で破風裏は金という華麗な屋根を持つ曳山になりました。

ところが文政9(1826)年の巡行で大雨にあって懸

装品を汚損したことを理由に、翌年から加列しなくなりました。それから現在まで約190年もの間、御神体をお飾りする居祭を三条通室町西入の町家等で続けてきました。

近年、復興の気運が高まり、2014年に鷹山囃子方、2015年5月に一般財団法人鷹山保存会を設立いたしました。そして2016 年1月に公益財団法人の認定を頂きました、鷹山は都大路を巡行する日を目指して着実に歩んでおります。

鷹山の詳細につきましては、衣棚町の隣の神明町に

お住まいだった歴史研究家廣田長三郎氏(2015年に95歳で没)が、

93歳で執筆された「鷹山の歩み」をPDFにてこちらからご覧になれます。

※自筆をそのままで載せていますので、

読みにくい箇所は多々あるとは思いますがご容赦ください。